人工物というのはエンジニアリングによって何らかの機能を果たすために各部分かつくられ、働いています。
ということは、その人工物がもつ機能を考えれば、その人工物のかたちや構造についての理解が進むのではないかと考えられます。
最初は何だかよく分からないくぼみや波形のついていたプラスチックのかたまりが、鮫子を効率よくつくるという機能のために設計されたものであると考えればその構造が理解できるのと同じことなのです。
さて、ここでわたしたち人間の「心」について考えてみましょう。
ここでいう「心」とは、単に感情や情緒のことではなく、外界からの情報を受容し、それに対する反応を生み出す情報処理機構のことを意味しています。
英語でいうところのハートではなく、マインドにあたるものだと思ってください。
さきに述べたように、この情報処理機構にはタンパク質という物質的な基盤があり、自然淘汰の対象となります。
ここで、リバースーエンジニアリングの考え方が役に立ちます。
自然淘汰が働けば、体の機能や構造をより次世代に残りやすいように設計した遺伝子が残っていきます。
ということは、生物のもつ特徴は遺伝子がより残りやすいように設計されているといえます。
これは自然淘汰によるエンジニアリングですが、逆に、遺伝子をより次世代に残すために設計されたものとして、わたしたちの心について考えるということもできます。
つまり、心をリバースーエンジニアリングしてみようというわけです。
その製造目的を知ることによって餃子つくり器のくぼみや刷毛がなぜあるのか分かるように、心についても、それが遺伝子の複製をより効率よくするために設計されたものであると考えれば、その構成部分やそれぞれの関係、働きについての理解も容易になるでしょう。
進化心理学では、基本的にこのような視点から人間の心について探っていこうとしています。
心をリバースーエンジニアリングとして考えられる構造は、それが複数のモジュールで構成されるというものです。
モジュールとは独立した機能を果たす単位という意味ですが、心理学者のJ氏は、人間の心というものは個々の問題の解決に特化した機能の集まりである、という主張をしました。
具体的には、言語、視覚、嗅覚といったものはそれぞれのモジュールで処理されて、それらが中枢過程で統合されると考えたのです。
J氏白身は特に進化的な考え方をしたわけではありませんが、このモジュール説は、心は自然淘汰による適応の産物であるという考えと非常によく合うものでした。
現代人の心の構造が進化する過程を想像してみてください。
心は遺伝子がより効率よく複製をつくることができるように設計されたインターフェイスですが、そこで適応しなければならなかった課題というものは、常に具体的で個別のものでした。
また、先に述べたように自然淘汰は近視眼的なものです。
さまざまな問題を一般化して解決するような機構がひとつあり、それを個別の問題に当てはめていく方が無駄が少ないように思えますが、個別の適応課題に直面しているときには、とにかくその課題を素早く、効率的に解決しなければなりません。
その課題の解決だけに適応した機構をもっている個体の方がより効率よく遺伝子を残すことができたでしょう。
後からみれば一般的なメカニズムで統一して解決できるようなものがあったとしても、残念ながら自然淘汰は先を見越して個体をデザインすることができないのです。
J氏が考えたモジュールはそれほど数の多くないものでしたが、進化心理学者の中には人間の心は非常に多くのモジュールによって構成されていると考えている人たちもいます。
たしかに個別の適応課題はさまざまなものが考えられますから、それぞれに対応したモジュールを仮定していけばかなりの数になることでしょう。
さらに、これらのモジュールは生得的に備わっているというのが、「強い」モジュール論者たちの主張です。
一方で、「緩やかな」モジュール論者も存在します。
最近の神経生理学における成果から、神経系のネットワークには発達段階でかなりの可変性があることが明らかになってきました。
「緩やかな」モジュール論者たちは、人間の脳には生得的にある程度の「生物学的準備性」が備わっているが、そこに環境からの刺激が加わることで、最終的に個々のモジュールが発達するのだと主張します。
これを説明するモデルとして、キャナリゼーションというものが提唱されています。
日本語だと「水路づけ」とでもいえるのでしょうか。
ボールが斜面の頂点にあるところを想像してみてください。
斜面には細かく分かれたいくつもの谷間があります。
ボールはいちど転がり落ちると、谷間のなかでも最も深く低いところを通っていきます。
ボールは決められたルートを一直線に下っていくように見えますが、実は取り得るルートはいくつもあります。
外から何らかの力が加わったり、斜面の摩擦の具合が変わったりすると、ボールは別の谷間に転がり込み、異なったルートを通って異なった場所へと導かれるでしょう。
このいくつもの谷間が生得的にできているものだと考えてください。
取り得るルートは確かに決まっているのですが、どのルートを通るかは環境の影響によって変わってきます。
つまり、生得的な制約はたしかにあるものの、その中でどのような結果になるのかについては後天的な要素が大きく関かっているという考え方です。
たしかに、環境変動が激しい場合にはこのように発達段階での柔軟性を備えていた方が有利です。
あまり生得的にがちがちに決まっている機能だと、異なる環境におかれたときにすでに役に立たなくなっていることもあり得るからです。
また、考古学者のスティーヴンーミズンは、抽象的な思考や、芸術、宗教などにとってはモジュール間の情報交換が必要だったと考えています。
例えば神話などにおいては獣を人に見立てたりすることがよくありますが、このような思考はそれぞれのモジュールが独立して働いていたのでは不可能だろうというのです。
認知的流動性こそが、人間の高度な知能を可能にしたのかもしれません。
この議論についてはまだ結論が出ていませんし、そう簡単に出るものでもないでしょう。
今後どのような環境でどのように心が働いているのかという心理学的な面と、神経系がどのように発達していくのかという生理学的な面の両方から証拠を集めていく必要があります。
ともかく、人間の心はコンピュータのように一般的な情報処理機能があってそれを個々のアプリケーションに当てはめているのではなく、領域特異的なモジュールの集まりであるという点は確かなようです。
では、どんな課題がそれぞれのモジュールを生み出したのでしょうか。
それを考えるには、わたしたちのご先祖様の生活ぶりを想像しなければなりません。
進化心理学においては、現代人のもつさまざまな特徴が進化してきた環境のことを、進化的適応環境と呼んでいます。
この進化的適応環境がどのようなもので、そこにおいてどのような淘汰圧が人類の心に働いたかということを考えていくことで、わたしたちの心についてのリバースーエンジニアリングが可能になるのです。
進化的適応環境としては、ホモ属が現れてから現代までの約二〇〇万年間の環境を考えることが一般的です。
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